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 朝の光が眩しい食堂には、すっかり準備を整えた十人掛けの長テーブルが全部で六つ。

 淹れたてのコーヒーと焼きたてのベーコンのいい匂いに、空っぽの胃袋が、ぐるる、と、恨みがましく鳴った。

 それには無視を決め込んで、時計の針を目で確認し、廊下へ踏み出す。

 そうしてすぅっと息を吸い込むと、私はいつものように、お腹の底から声を張り上げた。

「朝食ですよーッ!」

 

 

afterglow

 

 

 国家特別公務員補佐というと聞こえはいいかもしれないが、配属先である陸軍管下第三機動隊での私の任務は、朝昼晩の食事の用意に掃除に洗濯と、そういった家事的な仕事ばかりで、早い話メイドと変わらない。

 現に私は今日も今日とて、早朝からおさんどんだ。

 

 食事時の食堂は、さながら戦場のように騒がしい。食器ががちゃがちゃとぶつかる音。トーストの取り合いをする罵声。オートミールをかっ込んで派手にむせる人。まるで、元気が有り余っている腕白坊主の集団を見ているようだ。実際は全員いい歳こいた大人の男、しかも厳しい訓練を潜り抜けた精鋭部隊の隊員達なのだけれど。

「リサさぁん、卵とベーコンおかわりー!」

 隊員の一人がそう言ったのを皮切りに、四方八方から次々に声が飛ぶ。あ、俺も。とか、リサちゃん俺、大盛りにして。とか、口々に言いながら、我先にとお皿を掲げてやってくる。

「はいはい、順番、順番。ちゃんと並ばない人には、おかわりなしだからね」

 厨房との仕切りになっているカウンター越しにそう言えば、そこはさすが訓練された軍人さんだけあって、みんな綺麗に一列に並んではくれるけれど、問題はその勢い。何も、振動でテーブルが揺れるほど焦って押し寄せなくてもいいだろうにと、毎回苦笑してしまう。

「朝からよく食べるわねぇ」

 朝の光に黄金色に輝くスクランブルエッグを空になったお皿に盛って、市販のそれより少し分厚く切ったベーコンを乗せていく。

「だって、食わねえと体が持たねえもん」

「そうそ。それにリサちゃんの飯、美味いしさ。てことで、ベーコン二枚追加して、リサちゃん」

「あっ、お前な! 昨日も何だかんだで多く食いやがっただろうが。おかげで俺、おかわりできなかったんだぞ」

「知らねえよ。ちんたらしてるお前が悪ぃんだろ。大体全てにおいて鈍いんだよ、お前」

「んだとテメェ!」

「やんのかコラ!」

 そうこうしてるうちに毎度のお皿片手の喧嘩が始まって、さあ来るぞ来るぞ。と、私は肩を竦ませて一人身構える。

「喧しいッ! 朝からぎゃあぎゃあ、ガキかテメーらは! 飯くらい黙って食えッ!!」

 ほおら、来た。

 カウンターの向こう、食堂のいつもの席から今日もテーブルをひっくり返す勢いで、ダグラス少佐が怒号を飛ばす。

 途端、水を打ったようにしぃんとなる隊員達のお皿に、私はせっせと卵とベーコンを盛っていく。怒号の効果も一分と持たず、数十秒後には結局また騒がしくなる隊員達と、左右の眉がくっつくんじゃないかというくらい、いよいよ険しく眉間に皺を寄せる少佐の姿に忍び笑いを漏らしながら。

 

 食事時の食堂が戦場なら、食事後の厨房はまさに地獄だ。流し台にこれでもかと山積みにされた食器の山を全部綺麗に片付けてから、私はやっと自分の朝食にありつける。情けなくも哀れな声で鳴き続ける腹の虫を宥めながらスポンジを泡立てると、澄んだ朝日にシャボンの玉が虹色に煌いて、ああ、今日はいい洗濯日和だ。と、誰に言うでもなく思った。

 さあ、急いで洗い物を済ませて、遅めの朝食を終えたら、次は洗濯だ。

 

 私が補佐として機動隊の隊舎で働き出して、彼是五年が経つ。

 何もかも父に強引に押し切られる形で決まった話で、私自身は最初ちっとも乗り気じゃなかった。正直言って、嫌で嫌で仕方なかった。なんせ第三機動隊と言えば、陸軍管下のテロ対応特別機動隊の中でも、最も熾烈な任務を請け負うことで有名な特殊部隊で、その勇名は雄雄しくも私の故郷である田舎町にまで轟いていた。そんな、血で血を洗うような荒くれ者の男集団に混じって働きたいと自ら望む女がいるだろうか、否。たとえ百歩譲っていたとしても、私はそういう勇ましい部類の女性ではないし、ましてや当時まだ十八歳だったのだ。怖気づいて当然だろう。

 しかし、そんな当人の気持ちは余所に話はとんとん拍子に運んで、あれよあれよと言う間に、私は隊舎に住み込みで働くことになった。最初こそ、大人数相手に色々戸惑ったけれど、元々料理や裁縫は得意でそれなりに出来たし、慣れてしまえばどうってこともなくなった。会う前はあれほど恐ろしく思っていた隊員達も、実際会ってみれば、多少声が野太かったり、腕がいかつかったり、傷痕がやたらあったりするだけで、中身は子供のように懐こく優しい人達ばかりだった。

 おかげで私は早々と環境に順応し、日々目まぐるしく働くうちに、気がつけば一年、また一年と月日は流れ、年末の契約更新を迎えたら、もう六年目。休みらしい休みも殆どない男だらけのこの職場で、私が果たす役目は貴重且つ重要で、かなり重労働を強いられてはいるものの、かなり重宝がられてもいる。

 

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~ 少佐と私。~

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