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【 01 】 - 2

 

 すぐさま、「いらっしゃいませ、袋はご利用ですか」と、機械的に声を投げてきた店員さんに、「いいえ」と答え、財布を取り出す俺を横から見上げながら、フィーは、やや口を尖らせた。

「金がないなら、何故わざわざ食材を買って自分で作るのだ。以前のように、廃棄処分の弁当をバイト先からタダで貰ってきたら良いではないか」

「……エコに目覚めてみようかなって思ったんだよ」

 意図せず、返す声が微妙に口に篭った。妙な照れに負けて、目線を逸らす。

 

 地球の環境保護のために、学者でも何でもない俺に出来ることなんてあるわけない。そんな、ある意味一種の思い上がりから、自分には関係ないとすらずっと本気で思っていた。

 だけど、あの日、癇癪を起こして泣いたフィーを見たのをきっかけに、大事なことに気づかされて、その上で、由希ちゃんのことが大きな起爆剤となって、以前とは確実に考えが、俺の中で変化した。

 

 どうせ変わらないだろうから、何もしないというのと、変わらないかもしれないけど、何かしてみるというのでは、まるで違う。

 一介の大学生の俺に出来ることなんて、本当にちっぽけなことだけど、それでも、そのちっぽけな存在の俺だって、地球で生きている以上、世界の一部で、環境の一端を担っている。直接的じゃなくても、世界と、そこに存在する全部と互いに関係しあって、そこに影響を与えている。

 関係しあって影響を与えている限り、自分には関係ないなんてことは、ひとつもない。由希ちゃん風に言うなら、そこに関係することを世界に許されているのだ。

 だから、出来ることはしてみようと思った。有難いことに、由希ちゃんと違って、俺はまだ動ける。したいと思ったことが、出来る。別にフィーのためってわけじゃないけど、まあ目に見える目標のひとつとして、フィーが出来るだけ哀しそうな顔で愛しそうに俺達を見なくて済むように、俺が出来ることから環境保護に繋がることを始めてみようと、起こした行動のひとつが自炊だ。

 弁当に頼らずに自炊すれば、その分ゴミが減らせる。作るのが面倒くさい日も正直あるけど、元々皐月さんが炊事があまり得意じゃなくて、俺が作ることも少なくなかったから、慣れてはいる。今すぐにフィー達に、生まれた頃の環境を返してやることなんて出来ないし、そんなことは何億年かかっても無理かもしれない。それでも、何かしたいから。ちっぽけでも、世界の一部である俺の行動で、微かでもそこに何らかの影響が生まれるなら、少しずつでも変えていくことが出来るかもしれない。

 

 そんな思いで始めたことだけど、フィーにそこまで深く、思いの丈を語れない。なんか、妙に照れる。別に照れる必要なんかないのだけど、フィーがきっかけだという事実が、なんとなく照れくさい。

 目線を逸らした俺のそんな思いを知るわけもなく、フィーが納得いかなそうな声で疑問を投げてくる。

「自分で食事を作ることが、エコなのか?」

「弁当の容器がなきゃ、ゴミがその分減るだろ」

 合計金額を告げる店員さんに千円札を渡す一方で、顔は向けず答える。フィーはやっぱり納得していない声を返した。

「お主の家ではな。だが、廃棄処分される弁当が存在する限り、総体的なゴミの量は変わらぬ。手付かずでゴミとして捨てられるよりも、有り難く食してやったほうが、食材だって嬉しかろうに」

「だから、消費者が減ったら弁当作る側も考えて、数減らすかもだろ」

「お主は元々タダで貰ってきておったのだから、消費者ではなかろう」

 言っていることの尤もさに、咄嗟に返す言葉に詰まったのと、ああ言えばこう言うその態度に多少むっとしたのもあって、お釣りを受け取ると同時に、狭めた目をフィーに向けた。

「何なの、お前。俺の飯が不味いから、弁当に戻せとでも言いたいの?」

 誰のために面倒くさい思いをして自炊していると思っているのか、こいつは。いや、別に、フィーのためじゃないけど。

 目つきと一緒に声を尖らせた俺に少しも動じることなく、フィーはカゴごとレジから離れる俺に付いて歩きながら、不満げに口を動かす。

「不味いわけではないが、この一月足らずで野菜炒め、八回目だぞ。お主の懐状況を考慮して贅沢は言わぬが、たまにはコロッケとか、唐揚げとか、和牛霜降りステーキが食べたい」

「最後にさらっと高級食材混ぜてんじゃねえよ。てか、んなもんあったら、俺だって食いたいわ」

 本音でぼやきつつ、買った物を適当にエコバックに詰め込んだ。

 それにしても、この約一ヶ月で野菜炒めが八回食卓に上っていることに、フィーが気づいていたとは。この分じゃ、焼きそばが実は昨日で十回目だったということも気づいているに違いない。ちなみに、残りの日は焼き飯か、カレーだ。

 別に、お金がないから極力食費を節約しているってわけじゃない。お金に余裕がないのは事実だけど、そういう問題以前に、作れる料理のレパートリーが少ないのだ、単純に。皐月さんのおかげで炊事にある程度慣れてはいるけど、焼くとか炒めるとか、そういう大雑把な料理しかしたことがない。コロッケとか、材料は大体分かるけど、どんな手順を踏めば、じゃがいもとひき肉がコロッケになるのか、さっぱり分からない。

 それでも俺的には、昼間、大学の食堂で唐揚げ定食とか、しょうが焼き定食を食べているから、特に不満もないけど、フィーは大学にいるときは指輪の中だ。当然、食堂の定食なんか食べていない。よくよく考えてみれば、フィーがこの約一ヶ月で口にした食べ物は、羊羹を除くと、俺が作った野菜炒めか、焼きそばか、カレーか、焼き飯だけだ。

 いくら食べる必要がないとは言え、フィーの食への好奇心というか、食べることへの執着を思えば、内容の乏しい今の食生活に不満を抱くのも仕方がないかもしれない。

「待て。私が先に行く。私が開ける」

 出口に向かって歩き出す俺を止めるようにフィーが言い、自動ドアに向かって小走りに駆け出す。何が楽しいのか、センサーが反応して当然開く自動ドアに満悦の笑みを向け、さっきまでの不満顔はどこへやら、ご機嫌で振り返るその顔に、レシピ本でも買おうかなと、ちらりと思った。

 

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