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「そりゃあ、光栄なことじゃないか! 是非やらせて貰いなさい!」

 私の予想を裏切ることなく、大佐は大きな声でそう言った。

 

 

midnight coffee

 

 

 友人を駅まで見送ってから隊舎に戻った私は、大佐がまだ帰宅してないことを知ると、その足で大佐のもとに向かった。

 談話室で隊員に囲まれて談笑していた大佐に、お話があるんですが。と、声をかけたときには、軽く三十分は話す心構えでいたのに、通された隊長室で促されるままソファーに座ってから、実際にはまだ五分も経ってない。大佐の反応が大変有り難いものだということは重々理解しているものの、あまりの呆気なさに私は、ほんのちょっとだけ拍子抜けしてしまった。

「そうかあ、幼馴染の結婚式かあ。そりゃあ、めでたいなあ。いやあ、本当におめでとう」

「ありがとうございます」

 向かいのソファーに腰掛けて私を見ながら、大佐はにこにこと嬉しそうに笑う。私は、頭を下げつつも、何だか私が結婚するみたいだなぁ。と、ちょっと可笑しくなった。

「ブライズメイドっていうと、アンナには確か三人いたけど、リサのところでは一人なんだな」

「はい。昔からうちの地元では、そういう慣わしなので」

「じゃあ、ますます責任重大だ」

 お友達のためにもしっかり準備しないとな。真面目な口調でそう言う大佐に、はい。と頷いて、それで休暇の件なんですけど。と、切り出そうとした時、

「おい、入るぞ」

 と、少佐の声がして、ドアが開いた。

「バルバ、あんたな。あれほど携帯を置きっ放しにするなと、いつも言ってんだろ」

 そう言いながら隊長室に入ってきた少佐は、いつものごとく銜え煙草で、自分の煙草の煙が煙たいかのように顔を顰めていた。いつもの少佐のいつもの表情。なのに見るたびにいちいち胸が高鳴る。私の心臓は、とても素直で勤勉に出来ているに違いない。

 大佐は少佐の話を聞いているのかいないのか、差し出された携帯には目をやらず、大きな声を上げた。

「おっ、シューイン。いいところに。今、リサから話があってな」

 大佐の言葉に、あァ? と、軽く眉根を寄せ、少佐が私と大佐を見る。その次の瞬間だった。

「リサ、結婚式の準備やらで忙しくなるから、少し休暇を取らせようと思うんだが、構わないだろう?」

 少佐は何を思ったか、銜えていた煙草をぽろりと口から落としたのだった。

 

 先端に火のついた煙草が、少佐の口から離れて隊長室の絨毯の上に落下していく。まるでスローモーションを見ているかのようだった。突然のことに呆気に取られて、すぐには状況を正確に把握できなかったのだ。はっと我に返った時には、既に煙草は、ペルシャ柄の絨毯の上に隠し切れない焦げ痕を作ってしまっていた。

「ちょっ、何やってんですか、もう!」

 慌てて立ち上がって、少佐の足元に落ちた煙草を急いで拾いながら、私は声を尖らせた。勿論、少佐に向かってだ。歩き煙草は今後一切、全面的に禁止しますから。そう肩を怒らせる私に、いつものようにすぐ反論してくるだろうと思った少佐は、しかし、口をあの字に開けたまま一向に動く気配もなく。茫然と、まるで騙まし討ちにでも遭ったかのような顔で、私をただ見ていた。

 その少佐の顔があまりに少佐らしくなくて、少佐? と、思わず声をかけた私と、少佐の低い声が重なる。

「結婚式……?」

「そうなんだよ、リサの故郷でな。急なことだが、来月の二十日に式を挙げるらしい」

 大佐の答えに少佐は、眉間の皺は無論のこと、目元や口元にも、著しく険悪な表情を浮かべた。

 何か変だ、おかしい。少佐の表情の変化を目の当たりにして、私は急激に不安にかられた。心臓の辺りが冷たくなって、ざわざわと嫌な感じに胸が騒ぐ。

 一体、どうしたというのだろう。この部屋に入って来た時は確かに、顰め面ながらも、いつも通りの少佐だったのに。

「時間はないが頑張れよ、リサ。新婦の方は式前に、細々としたイベントが沢山あるんだろう?」

「は、はい」

 優しい笑顔で問いかけてくる大佐に、辛うじて笑顔を返す。斜め後ろから、抉るように鋭い少佐の視線を感じる。そこには、数週間前裏庭で感じたような柔らかさなど微塵もない。私は何かしてしまっただろうか。作った笑顔が不安のあまり引きつる。訳が分からないまま、内心で私は泣きそうになっていた。

「そうだ、リサ。何か分からないことがあったら、アンナに相談するといい。どっちの側も経験者だ、アンナは」

 ぽんっと手を打って大佐がそう言って、私がそれに返事を返そうとしたその矢先、強い衝撃が肩に走った。

 ぐっと押さえつけるような物凄い力で引っ張られて、体が後ろに大きくよろめく。痛い。思わず、そう声を上げそうになって、振り向いた先に見えた少佐のその眼光の凄まじさに、私は声を失った。

 突き刺すような目つきで私を一瞥し、肩を鷲づかみにしている手の力もそのままに、少佐が口を開く。

「おい、どっちでもいいから、俺に分かるように説明しろ」

 それは私がこれまで聞いたどんなものよりも、厳しく、冷ややかな声だった。

 

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~ 少佐と私。~

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