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 なだらかな丘の向こう、パッチワークのように並ぶ畑のその向こうまで、古い鐘の音が響き渡る。

 雨上がりの空から降り注ぐのは、今日この日のためのライスシャワー。

 純白のベールをなびかせて笑う友人は、眩しいほどに、綺麗だった。

 

 

 my way home

 

 

「ちょっと、お母さん。いくらなんでも、こんなに持てないわよ」

 年季の入ったセダンのトランクに次々に積み込まれる荷物に、悲鳴に近い声を上げた。そんな娘には目もくれず、よいしょ。と、母はまた新たな荷物を詰め込む。

「だってあんた。林檎好きじゃない」

「好きだけど」

 箱から零れ落ちそうなほど山と盛られた林檎は、うちの農園で今年収穫したものだ。身内自慢になるけれど、父の林檎は、とても美味しい。あちらで売っているものとは、味の濃度というか、香りも甘みも酸味も比べ物にならない。生で齧っても、ジュースにしても、ジャムにしても、パイにしても百点満点だ。だけども、いかんせん、これは量が多すぎる。

「自分の荷物だってあるし、こんなに沢山持たされたら、腕がちぎれちゃう」

 娘の切実な訴えに、大丈夫、大丈夫。そんなに太い腕がちぎれるもんか。と、母親ながら何気に失礼なことを言って、母が更なる紙袋を詰め込む。

「しょっちゅう帰ってくるでもなし、たまに帰ってきた時くらい、沢山土産持たせないと。普段お世話になってる機動隊の皆さんに、親として申し訳ないでしょう」

「いや、それは分かるけど」

「あ、そうそう。これ、隊長さんに。少し多めに入れておいたからね」

 言って母が積んだのは、母手製のピクルスの瓶詰めだ。以前土産に持ち帰った時、大佐が殊の外気に入って、殆ど一人で食べてしまった。その話をうっかり母にしてしまったものだから、それ以来毎回、帰省の際には土産に持たされる。確かに、私が作るそれより美味しいのは認めるけれど、いかんせん、これまた重たいことこの上ない。

「もう無理。これ以上は、紙きれ一枚だって持てない」

「はいはい。これで最後だから。えーっと、コーヒーに、ワインに、林檎に、ピクルス入れたっと。他に忘れ物はないわね?」

「ない。あっても、もう忘れていく」

 来る時はスーツケースひとつだったのに、戻る時は台車が必要なほどの大荷物。母の気持ちは有難いけれど、これを引きずって長時間移動するのかと思うと、今から疲れを感じてしまう。いくら殆どが電車の中とはいえ、片道十時間以上の遠い道のりがどれだけ疲れるか、きっと母には分からないに違いない。

 

 母は、ちょっとした買い物でラドムまで足を伸ばす以外、この町を出たことがない。この町で生まれて育って、この町で父と出会って結婚して、この町で私を産んで育てた。

 特にこれといった特徴もない小さな田舎町だが、この町にはそういった人が沢山いる。町の住人にとって、それは至極普通のことで、だから私もそうなるのだろうと、子供の頃から漠然と思っていた。五年前、役所から帰ってきた父が突然、国家特別公務員補佐の面接を受けろと言い出すまでは。

 

 重い荷物と遠い道のりに、とほほ。と、心の中だけで肩を落とす私の傍らで、母は今一度荷物を確認してから、ばたんとトランクを閉めた。そして今度はその目と体を私に向け、点検するように上から下まで見回す。

「あんた、その格好で寒くない? もう少し厚手のコートないの?」

「大丈夫。寒くないから」

「お母さんのショール貸してあげようか? 上から巻いて行ったら?」

「大丈夫だったら。電車の中は暖かいし」

 お母さんこそ風邪引いちゃうわよ。苦笑を隠すことなく言えば、私はいいのよ。という返事が返ってきた。

 母のこういうところは、昔から少しも変わらない。私はいいから、あんたが食べなさい。私はいいから、あんたは寝なさい。そうやっていつだって自分のことは後回しにして、私を育ててくれた。

「おい、まだか。電車に乗り遅れるぞ」

 運転席の父が、窓から顔を出す。その苛立ったような声に急かされて、やっと、母も私も車に乗り込んだ。

 

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~ 少佐と私。~

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