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 十回目の終戦記念日の今日、私達の頭上にある空は、十年前のこの日と同じ、爽やかな秋晴れの色をしている。

 あの日あの瞬間、多分世界中の誰もが感じた、喜びや悲しみや憤りと言った言葉だけではとても言い表せない思いを胸に、平和の尊さを再び噛み締めるには、まさに相応しい日和だ。

 と、言っても、今日の私にそんな時間はないが。

 

 

Ruby Red

 

 

「はいはいはい、どいてどいて!」

 忙しない足取りで、そこかしこでごちゃごちゃと群れている隊員達の合間を割って進む。

「カーター准尉、お肉とお野菜の補充、ここに置きますね。まだまだ用意してますから、どんどん焼いちゃってください」

 そう言って、両手で抱えていたトレイをどすんと台の上に置く。 はいよ。と、慣れた手つきで肉をひっくり返しながら答える自称・バーベキューの申し子のカーター准尉に、お願いします。と、頼んでまた忙しなくその場を離れようとしたところに、たまたま近寄ってきた人を見止めて呼び止める。

「あ、ボルト軍曹。いいところに。飲み物運ぶの手伝ってくださいな」

「えええ。俺、肉食いに来たんだけど」

 お皿片手にそう言うボルト軍曹に、働かざるもの食うべからず。と、カーター准尉が脇から口を挟む。それに、その通りですよ。と、頷きながら、ボルト軍曹を引っ張って行こうとしたら、背後から声がかかった。

「ご苦労様、リサさん」

「あ、奥様」

 ようこそいらっしゃいました。そう続けながら、シックなドレスを着こなしている美人に私は笑顔を向けた。

 奥様がここにいるということは、式典が終わったということなのだろう。となれば、式典に出席するため、朝から陸軍の中央本部のほうに出払っていた士官クラスの隊員達も、じきに続々と帰ってくる。さあこれからが忙しさ本番だ。

 内心で気を引き締めた私の傍らで、ボルト軍曹とカーター准尉も、いらっしゃいアンナさん。と、それぞれ親しげに笑みを向ける。それに笑みを返しつつ奥様は私に歩み寄ると、申し訳なさそうに口を開いた。

「準備大変だったでしょう? お手伝いしたかったんだけど、式典のほうを抜けるわけにもいかなくて」

 それはそうだろう。仮にも陸軍大佐の奥様なのだから、軍の式典を途中で抜けるなんて無理に決まっている。

「大丈夫ですよ。男手だけは腐るほどありますし、びしばし使ってますから」

 私の言葉に、使われてまーす。と、ボルト軍曹が横から茶々を入れるのに笑いながら、それでね。と、奥様は手に持っていたやけに大きな布包みを見せた。微かに饐えた匂いがするのは、私の気のせいだと信じたい。

「お詫びってわけじゃないんだけど、これ、作ってきたの」

 願いも虚しく、奥様の手によって取り払われた布の下から現れた大きな物体に一瞬、全員が笑顔を貼り付けたまま、石化した。

「…うわあ……。ありがとうございます……」

 何とか笑顔を保持したまま、礼を言うだけで精一杯な私の横で、ボルト軍曹も口元を引き攣らせつつ、野太い声を出す。

「こりゃあまた……見事なブルーベリーパイですなあ」

「うふふ。いやあね、バルト軍曹ったら。アップルパイよ」

「……………」

 せめて、ブルーベリーであってほしかった。さすがのボルト軍曹ももう、名前を訂正する気力もないらしい。

 それにしても、何を入れたら林檎がこんな、どす黒い紫色になるのか。パイ生地まで素敵に黒紫だ。それに何よりこの、鼻というより目にツンとくる酸っぱい匂い。ある意味、奥様は天才かもしれない。

 再び全員が軽く石化する中、朗らかな笑顔でボルト軍曹にパイを渡しながら、それとね。と、奥様が私に顔を向けた。

「ちょっといいかしら、リサさん」

「はい?」

 

 

 奥様に誘われるまま、賑やかなグランドから離れる。何だろうと思いつつ、人気のない隊舎の玄関まで来たところで、はいこれ。と、奥様が徐に鞄から小さな箱を取り出した。

「少し早いけどプレゼント。リサさん、もうすぐお誕生日でしょう」

「え」

 何ですかと問う前に言われた言葉に、驚いて目が大きくなった。

「ご存知だったんですか」

「去年、家に遊びに来てくれた時に教えてくれたでしょう。リサさん、忙しすぎて自分でもたまに忘れるって言ってたし、ここの男連中には期待出来ないし、せめて私だけでもと思って」

  大したものじゃないけど、日頃の感謝の気持ちだと思って受け取ってちょうだい。そう言って微笑む奥様をまじまじと見る。仕事柄、故郷の友達どころか家族にも滅多に会えない私にとって、自分の誕生日を覚えていてくれる人の存在は勿論、誕生日のプレゼントなんて本当に久しぶりで、胸がほんのり熱くなった。

「嬉しい。ありがとうございます」

 本当に嬉しい。笑顔で素直に箱を受け取る。奥様は満足げに笑いつつも、ねえ開けてみて。と、子供のような顔でせっつく。それに、はい。と、頷きながら早速、薄い水色の箱に巻かれた白いリボンを解いて蓋を開けると、現れたのは、まあるいハート型の小さなルビーがついたネックレスだった。

 

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~ 少佐と私。~

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