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【 04 】 - 1

 

 左手に羊羹。右手に汁粉ドリンク。

 あのドライブの日、羊羹を散々強請られた孝が、苦肉の策で汁粉ドリンクを買い与えてからというもの、それがフィーのお気に入りのおやつスタイルとして定着しつつある。

 どちらかと言えば俺も甘党のほうだけど、心底美味しそうに、砂糖の塊と言っていい食べ物と、砂糖の塊と言える飲み物とを交互に口に運ぶその心情は、さすがに理解できない。見ているだけでもはや、糖尿病になりそうな気すらしてくる。

 微かに雨の音が響く部屋の中、頬杖をついてそんなことを考えていたら、感情がそのまま顔に出ていたらしい。フィーが炬燵の向こうから文句を言って寄こした。

「真生。そう露骨に気持ち悪そうな顔をするでない。食が進まぬではないか」

「だって、気持ち悪いもん」

「ならば、見なければよかろう」

 それは確かにそうなんだけど。いかんせん狭い部屋に二人でいて、しかも、くちゃくちゃごくごくと、ひっきりなしに音を立てられては、どうしてもそっちに目が行ってしまう。

「お前、それ、本当に美味しい?」

「最高だ。お主も試してみよ」

「いや、遠慮しとく」

 即答で辞退した俺を面白くなさそうにちょっと見てから、フィーが気を取り直して再び、おやつに取り掛かる。

 気持ち悪いと思いつつも、一種の怖いもの見たさだろうか。一口ごとに蕩けそうな顔で舌鼓を打つその姿を、ついつい眺めてしまう。そうしているうちに、左右共に綺麗に平らげたフィーが、いつものごとく、ずいっと湯飲みを突き出してきた。

「茶」

「はいはい」

 相も変わらず横柄な態度に文句が全くないわけではないものの、慣れも手伝い、大人しくお茶を淹れてやる。

 フィーは、至極満ち足りた顔でそれを啜ると、幸福そうに息をついた。

「はあ。美味い。皐月も言うておったが、お主が淹れた茶は本当によい味がする」

「さいでっか。そりゃあようございました」

「きっとこの地の水の気に、気に入られておるのだろう。得したな。将来会社勤めをしたときに、お茶汲み要員として周りから重宝がられるぞ」

「いや、あんまり嬉しくない気がする、それ」

 フィーの微妙な褒め言葉に率直な意見を返しながら、自分用に淹れたお茶を啜った。

 週末の快晴とは打って変わって、窓の外では朝からずっと、さあさあと静かな雨が降り続いている。この時期の雨は春を連れて来ると言うけど、湿り気を帯びた空気はひんやりと沈んでいて、部屋の中にいても少し肌寒い。この調子じゃまだまだ炬燵は片付けられそうにないなあとかぼんやり考えていたら、フィーが炬燵の上に放置していた俺の携帯を取って、からかうような声を上げた。

「なに、なに。『俺は今日バイト休みだよ。彩乃ちゃんは今から? 雨だし気をつけてね』?」

「見るなっつうの。人のメールを」

 にやついた笑いを浮かべるフィーから携帯を奪取して、そうだったと、慌てて送信ボタンを押した。俺としたことが、フィーの気持ち悪いおやつに気を取られるあまり、もう随分前に彩乃ちゃんから来たメールの返事を打つだけ打った後、送信するのをすっかり忘れていた。

「ほほう。この前からいやにまめまめしく携帯を見ておると思ったら、あの娘と交信しておったのか。隅に置けぬな、お主も」

「いいだろ、別に。放っとけよ」

「照れずともよい。考えてみれば、お主もあの娘も年齢的に今が盛りの只中なのだし、異性に好意を抱くのは生物として当然のこと。うむ、これは一応、皐月に報告……」

「せんでいい。てか、普通にメールしてるだけだから。ただの友達だから」

 事実、彩乃ちゃんはいい子だと思うし可愛いけど、だからと言って別に友達以上の感情はない。まあ、この先もっと仲良くなったらどうなるか分からないけど、それはそれだ。

「ただの友達、のぉ」

 不服そうに目を狭めて、フィーがつまらなそうに呟く。そうしてから、気が削がれたように軽く肩を竦めて言った。

「なんにせよ、せっかく互いに生きて近くにおるのだから、会って顔を見ながら会話すればよいものを」

「色々あんだよ。三食昼寝つきの精霊さんと違って、人間は何かと忙しいんです」

「……ふうん。私なら、どんなに忙しかろうと、少しでも、好いた相手の傍にいたいがな」

 ぽつりと言って、フィーは窓の外に目をやった。

 この約二ヶ月間で気づいたことだけど、水の精霊ということも関係あってか、フィーは雨の日は機嫌がいい。ゲームで負けても嫌がらせに水をぶっかけてこないし、最悪、羊羹が手に入らなかった時でも、文句は言うものの、むくれて人の入浴中にお湯を冷水に変えたりまではしない。実際今日だって、ついさっきまで機嫌よさそうだったのに、静かに窓の外を眺めている今、その横顔は急に何故か、酷く寂しげに見えた。

 我ながら単純だとは思うけど、フィーの事情や気持ちを考えてしまって以来、こいつの寂しそうな表情とか声に、どうも俺は弱くなってしまったらしい。

「なあ」

 その横顔を壊したくて、気がつけば自然と喋りかけていた。

「レネってどんな人なの?」

「何だ、薮から棒に」

「いや、どんな人か知っといたほうが、俺ももっと協力できるかなと思って。大まかな年齢とか身長とかさ」

 食休みのひと時が終われば、今日もどうせまた『レネ探し』に引っ張り出されるのだ。ある意味尤もだと言える俺の意見に、フィーが、むむっと考え込むように両腕を組んだ。

「私がレネの魂が戻ったのを感知したのは、今から十八年ほど前だ。ゆえに年の頃は、それくらいで間違いはないだろう」

「十八歳くらいっていうと、高校生かなあ。それで?」

「それでと言うても、今のレネがどのような容姿をしているかは、私も分からぬのだ。恐らくきっと、ハンサムだろうとは思うが。ほれ、よくテレビに映っておるあの俳優。この地の人種ならば、あのような顔の造りが、私としては好ましい」

「それはお前の希望だろうが。そうじゃなくて、はっきり分からなくても、何かあるだろ。ぱっと見て分かる特徴とか」

「特徴、のう。容姿の特徴など、肉体と共に消滅するゆえ……」

 眉間に皺を寄せて首を捻りながら言うフィーに、唖然とした。

「ちょっと待てよ、お前。容姿も特徴も何も分からないのに、それでどうやって見つける気なわけ?」

「問題ない」

 お茶を口に運びながら、フィーがさらりと言い切る。

「姿がいくら変わっても、レネはレネだ。本質は変わらぬ。私達は人間が生まれ持った本質……、分かりやすく言えば魂か。それが形になって見えるのだ。だからどんなに姿が変わっておっても、それがレネならば、私にはすぐにそれと分かる」

「へえ。魂に形なんてあるんだ?」

 思ってもなかった答えに、興味をそそられて、やや身を乗り出す。フィーはお茶を啜りながら、ごく当たり前のことを話すように頷いた。

「ああ、あるぞ。人間が百人いれば、百人それぞれ、みんな違う。同じものはひとつとしてない」

「じゃあ、俺のも見えるってこと?」

「見えておるぞ。お主のはなかなか、妙ちきりんで興味深い」

「妙ちきりんって……」

 これまた思ってもなかった答えに、炬燵から肘が落ちかけた。別に、特別かっこいい魂を期待していたわけじゃないけど、それにしても、妙ちきりんってどんな魂だ、一体。

 多少がっくりした俺を余所に、フィーが思いついたように明るく言う。

「ああ、魂の雰囲気だけで言えば、皐月はレネに少し似ておるかもな」

「え? 皐月さん?」

「ああ。レネも皐月のように、映らざるものを視、響かざるものを聴くことが出来た。恐らくそういう面が影響して、雰囲気が似ておるのだろう」

「ちょ、人の叔父さんをさらっと霊能者みたいに言わないでもらえます? 怖いから」

 じとりと恨みがましい視線を向ければ、フィーはちらりとこちらを見て肩を竦めた。

「私に言わせれば、あの環境で育っておきながら、ここまで鈍いお主のほうが、聊か恐怖だがな」

「あの環境?」

「お主が育った家だ。皐月に魅かれてきた輩が、あそこには随分多く……」

「わああああああ! ストップストップ、この話やめ! おしまい!」

 両手でストップの意思を伝えながら、慌てて喚いた。それ以上聞いたら、もうあの家に帰りたくなくなる気がする。実家なのに、それは困る。

「そんなに怯えずとも、そう悪いものはおらぬ。本当に怖がりだな、お主は。元より見えも感じもせぬくせに」

「見えも感じもしないからこそ、怖いんじゃん」

 呆れ顔のフィーに言って返しながら、見えたら見えたでそれも怖いけど。と、心の中で付け足す。実際、初めてフィーを見た時は腰を抜かしかけた。

 内心だけで遠い目をした俺の前で、フィーがお茶を飲み、ほぅっと息を吐く。

「なんにせよ、お主の叔父は、人間にしておくには勿体無いほど良いものを持っておるぞ。もし私がレネと出会ってなければ、皐月と恋に落ちておったかもしれぬ」

「やめて。俺の叔父さんはロリコンじゃない」

 何気なく口にした言葉にフィーが一瞬動きを止めて、思いっきり怪訝そうに俺を見た。

「真生。お主、まさか、この姿が私の真の姿だとは思っておるまいな?」

「え、違うの?」

 

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